モットーは、お客様の食を満たす、美味しさに幅のある酒造り
フルーティかつ甘い香りの立ち込めた、柏露酒造の上搾場。トクトクと流れ出てくる琥珀色の生原酒が、筆者のノドを鳴らせます。
そのタンクから汲んだ、搾りたての酒をテイスティングしながら、白原 光明 取締役工場長のインタビューを始めました。
「このような搾りたての酒をすぐに飲んで頂ければ、きっと、どなたでも日本酒好きになって下さるでしょう。でも、それは酒そのものを味わうという感覚ですから、日常のアルコールの嗜み方とは異なります。私たち造り手からしますと、当社の酒は、普段、お客様のどのような生活シーンで飲まれているのかが一番知りたいのです。そこには、必ず料理があるはずで、どんな味にもマッチできる酒が求められるのですが、これが難しいですね。個性化の時代とは言え、突出し過ぎては嫌われるし、平凡なままでも魅力はありません。かと言って、蔵元が『これは美味しいですよ』と押し付けても、お客様の味覚や料理との相性がイマイチなこともあるはず。あくまで選ぶのはお客様であって、当社ではその声に幅広くお応えできるレンジの中で、いろいろ工夫を凝らした酒造りを進めていこうと思っています」
越乃柏露らしさとは、昔から、お客様のニーズに応えられる懐の深い酒造りだと白原工場長は自信を持って語ります。そう言えるのも、柏露酒造一筋に31年を歩んできた、はえぬきの杜氏でもあるからでしょう。
東京農業大学の醸造科を卒業し、厳しい徒弟制度の時代から酒造りを経験してきました。
「大学で学んだことは机上の酒造りでしたから、いざ現場に入りますと、まるで全貌が見えてきませんでした(笑)。しばらくは自分が何をしている、させられているかが解りませんでしたね」と、昔を懐かしむように笑みをこぼします。
まずは、白原 工場長の酒造りのこだわりを、訊ねてみましょう。
「麹造りだ、酒母だ、米だ水だと言いますが、何と言いましても原料処理の段階で、ほぼすべては決まってしまいますね。つまり、洗米や浸漬での吸水が上手くいくかどうかで、蒸(ふか)しが左右されるわけで、ここが酒造りの最大ポイントだと思っています」
つまり、洗った米をどれだけ水に浸けておくかに、酒造りの成否がかかっていると、白原 工場長は言うわけです。
そのため、毎朝、蒸しの状態をつぶさにチェック。浸漬時間を30秒短縮しろ、60秒延長しろと指示を与えることに、もっとも神経を費やすそうです。
では、それに使用する酒米についてのこだわりは、どうでしょう。
「やはり、県内産の酒造好適米である五百万石が、多くを占めています。それと、今年からは越淡麗も使っていますが、まだ米の特性を把握している段階です。と言いますのも、生産農家としても出来栄えを安定させるために、育成方法を試行錯誤している状況ですから、これから本格的に取り組むことになります。従来、当社は比較的淡麗さのある原料米が主でしたが、新商品として開発した“古志”は、山田錦を使用したタイプ。五百万石よりも旨味を求めた結果ですね」
他にも、検査の厳しい特別栽培米なども使用し、地元の生産農家の人たちとも交流を深めながら、“安心と安全”をモットーにした原料を追求しています。
また、研究開発とその設備機器の充実に力を注ぐのも、柏露酒造の特徴だと白原 工場長は言います。
「ガスクロマトグラフ、恒温恒湿器、遠心分離器、クリーンベンチ、オートクレーブ、分光光度計、電子顕微鏡、液体クロマトグラフィーなどを揃えていますが、おそらく、これら機器群は、当社と同レベルの販売石高の蔵元には、少ないものと自負しています」
この設備によって、独自酵母の開発や香気成分の数値管理が可能になるのですが、たとえばガスクロマトグラフを使って香りの成分を分析し、いい香りを数値化(データ化)することで、その数値に限りなく近い酒を生み出していくことができるというわけです。
さらに、通常の酵母は酒造協会からアンプルを購入しますが、柏露酒造ではスラント(試験管)に分けたり、それを拡大培養したりするのが常態。その意味でも、かなり質的にレベルの高い蔵元なのです。
そんな技術設備プラス、人間の五感を研ぎ澄ませた手仕事を融合させることで、上質の越乃柏露が生まれると、白原 工場長は自信を覗かせます。
さて、理想の酒とはどういうものですか?と白原 工場長に訊ねたところ、「おだやかな旨味とスムーズな飲み口があって、呑み飽きしない酒」とのこと。
「酒は、造り手に似ると言います。落ち着いて造れば落ち着いた酒になるし、焦って造れば、それなりの酒にしかなりません。もちろん、酒は一人では造れませんが、どういう酒になるかは、やはり杜氏の責任ですね。そこには、蔵人たちをどう育てていくかというのも、大きな課題としてあります。企業としての酒造りである以上、醸造技術は杜氏一人のものであってはいけません。当社の酒造りのノウハウは、蔵人すべてが体得する。それでこそ技術力となり、企業資産となり、安定した柏露酒造の味になるわけです。ですから、当社ではデータはすべてオープン。そのデータをもとに、蔵人一人ひとりが、どう動けばいいかを自分で判断できるようになる。それが、私の人作りです」
締めくくりに、白原 工場長は、自身の考える理想の杜氏像をこう語ってくれました。
「旧来の杜氏たちは、春になって酒造りを終えると帰農し、自分の造った酒がどう濾過され、どう瓶詰され、出荷されていくかを最後まで見届けるということがありませんでした。でも酒は生き物ですから、その生まれを知悉し、育ちも理解している人が成長し巣立っていく姿を確認してこそ、本当にその酒に対して責任を持つことになるのではないでしょうか。そんな真摯な姿こそが、あるべき杜氏像だと私は思います」
社員杜氏でもある白原 工場長だからこそ、越乃柏露がどんなふうにお客様に喜ばれ、嗜まれているのかを知りたいと思うのでしょう。
そんな白原 工場長の生み出す新しい酒と新しい蔵人を、大いに期待しましょう。