次代の越乃柏露ファンで創る、収斂の旨味と上質の空間
柏露酒造の社屋には、あたかもメンバーズサロンのような素敵な空間があります。
村上 豊 代表取締役社長は、ここで筆者に一杯の「特別純米酒」を勧めてくれました。
淡雪のような軽快な口当たり……そして、徐々に米の旨味がふくらみ、その余韻は春の陽だまりのように優しくノドを包みます。
上質感をまとったその美酒をテイスティングできるこの部屋は、完成したばかり。シンプルなレイアウトの中に木肌のBARカウンターをしつらえ、ゆったりとした寛ぎを生み出しています。
「ここでは、柏露酒造の美酒を存分に味わうことができます。新酒のシーズンには、蔵見学にいらしたお客様に搾りたての酒を、存分にテイスティングして頂きます。そして、大いにコミュニケーションを持って頂き、越乃柏露への叱咤激励をお願いしたいと思っています」
この新しいスペースは、村上 社長がリーダーとなってプロジェクト。長岡の地酒ブランドを啓蒙するためのイベントの場や情報発信基地としても、フルに活用する計画です。
それほど長岡の酒に惚れ込んでいるだけに、むろん地元出身と思いきや、村上 社長は京都府の出身でした。
関東の茨城大学を卒業し、大手企業グループの化学工業会社へ入社。そこから分社した食品会社の社長、副会長という要職を経て、グループ傘下にある柏露酒造株式会社の経営トップに就任しています。
「京都にも美味しい酒はあるのですが、やはり、私には新潟の酒があっているようです。越後の地酒はおしなべて淡麗な味わいというのが、認識されてきた特長です。当社も長年、ギフト商品を主力として百貨店様からのニーズが多く、そのため特定名称酒が商品全体の9割を占めています。そんな商品ラインナップも、ここにきて少し旨味を持たせる傾向になっています。やはり、食文化の多様化や製品の差別化を必要とする市場によって、各酒造メーカーとも個性的な商品を作ろうとしています。当社の越乃柏露も、その特長として、ほのかな旨味とすっきりとした飲み口を調和させ、香りをおだやかなものに仕上げています。つまり、さまざまな料理と楽しめることが基本的なコンセプトです」
日本酒の魅力は米の旨味にあって、例えば、各地の酒造好適米はその個性として判りやすい存在だと村上 社長は言います。
新潟県産の代表品種である五百万石、近年開発された越淡麗などは淡端さが特長で、その味わいが越後の地酒印象になっているとも言えます。
ところが、その傾向に変化が訪れていると村上 社長は洞察。この数年間をかけて、つぶさにマーケティングを展開し、“ふくらみのある旨味”をもたせた越乃柏露へと収斂させたのです。
さて、冒頭に紹介したテイスティングルームからも、村上 社長には今後の日本酒ニーズについて持論があるはず。そのポイントのいくつかを、訊ねてみましょう。
「4年前、私は社長に就任したのですが、その頃から顕著になってきたのが若い方々の“日本酒離れ”という現象です。この要因は、暮らしを楽しむ上で日本酒の価値が大きく変わったということですね。コミュニケーションにしても携帯電話やメールなどで済ませ、わざわざ酒を酌み交わしてじっくりと会話するという時代ではありません。だから、日本酒と出逢う機会が少ない。そして、耳だけで聞く『日本酒は酔うし、怖いし、臭い』という俗説を信じてしまう。でも、この状況は私たち造り手側の責任も大きいと思うのです。当社も、きちんとした正しい日本酒の情報発信や場作りが、おろそかになっていたと反省しています。また、容量についても変化しています。一升瓶は業務用という見方で、今は720mlが主流。しかし、300mlや180mlが急速に伸びていますから、一回で飲み切るスタイルが生まれているわけです。ここにも“日本酒はいったん開けると、ダメになる”という考えがあるのでしょう」
さらに酒の味も、辛さから甘さを求める傾向があると村上 社長は言います。若者だけでなく、チューハイや低アルコールのリキュール酒が人気の現在、その流れに逆らっていては取り残される。またパック酒のような“経済酒”との価格的なちがいも、地酒にはますます大きくたちはだかってくるだろうと予測しています。
しかし、これらの要因に不安を抱いていても、日本酒ファンは生まれない。そこで、柏露酒造がサブテーマに掲げたのが、やや旨味を持たせることで「食とともに楽しむ、越後の酒」。
若い人たちに日本酒を知ってもらう、楽しんでもらうためには、彼らの周りを取り囲んでいる現代のグルメ食とのマッチが、まず大事というわけです。
そんなアングルから、柏露酒造では“遊び心”を大切にしたアルコールも開発しています。
この「和飲」は、スパークリングタイプの低アルコール酒。フレンチやイタリアンといった洋風料理にもすんなりと受け入れられる味わいで、ダイニングテーブルにも似合います。
「個性的な商品として、このような新しい日本酒スタイルを提案する商品も、今後は大切になってきます。しかし、あくまで日本酒本来の立ち居地を変えてしまっては、ダメです。本家本物の越乃柏露らしさの上に立った、相乗効果を生み出す商品として考えていきたい。当社の核である吟醸酒や純米酒の品質は、当社の工場長であり製造の総責任者である白原に、全幅の信頼を預けています」
村上 社長とともに、新しい越乃柏露を追求している白原工場長は、柏露酒造はえぬきの杜氏です。その名人の技については、次なる水米技ページで拝聴することとしましょう。
長岡の地酒らしさを守りながら、次代に向けての魅力作りに励む村上 社長。
このテイスティングサロンに、越乃柏露ファンの笑顔と感激の声が響くのは、そう遠い日ではないでしょう。