理想の榮川は、薫りと甘味の柔らかさが調和した唯一無二の飲みやすさ
会津には左党の人口に膾炙する、まさに、地酒のロングセラーがあります。
榮川・特醸酒(とくじょうしゅ)は、いわゆる上撰クラス。地元限定の普通酒ですが、その飲み心地の素晴らしさに筆者も唸りました。スルスルと口中を滑るがごとき飲みやすさ、そして、ほのかに立ち上がってくる米の旨味と薫りの余韻。アル添レギュラー酒の域を超えた上質の味わいで、会津の郷土料理「ニシン山椒」、「会津味噌の豆腐田楽」などと抜群の相性を堪能できました。
「私も当社の酒の中で一番好きな晩酌酒で、日々、嗜んでいます。やはり仕込み水の良さと手造りへのこだわりで、長年、お客様に愛飲して頂いていると思います」
朴訥な口調かつ生真面目な印象で答えてくれたのは、榮川酒造㈱の執行役員 兼 杜氏の冨田眞理(とみた まこと)氏。今年60歳を迎え、18歳の時から榮川酒造一筋に42年間を酒造りに捧げています。もちろん出身は会津若松で、成田社長と同じ、会津工業高等学校の卒業。いわば、先輩と後輩で榮川酒造の両輪を支えているわけです。
当時、会津工業高等学校から榮川酒造へ入社する生徒は多く、野球部員だった冨田氏も、監督に推薦されて就職を決めたそうです。ちなみに、冨田杜氏は10月1日の「日本酒の日」が誕生日。「天職ですね」と筆者が声をかけると、「実は、私の父親も榮川贔屓なノンベでしたから、就職が決まった時は大喜びでした」と純真そうな表情ではにかみます。
それでは、銘酒「榮川」の水・米・技のこだわりを訊いてみましょう。
まずは、日本の名水百撰でもある瀧ヶ沢湧水を使った仕込み水の特徴です。
「いわゆるカリウムとマグネシウムの含有量が少なく、1リットル当たり23mgしかありません。ですから、かなりの軟水と言えます。非常にゆっくりとモロミが発酵するので、酵母の薫りは、ほのかに出てきます。水質は、当初からほとんど変わっていません」
超軟水仕込みの長期低温発酵だけに、時間をかけて醸すのが榮川の特徴。冨田杜氏にとっては、モロミの表情の変化を徐々に感じられるので扱いやすいそうです。
しかし、この磐梯蔵に移設するまで使っていた会津若松市内の蔵の仕込み水は、やや中硬水であったので、当初は味わいの変化が気になったとも言います。
「その頃、まだ私は新米社員でしたので無我夢中で修行していましたが、先輩や上司たちは磐梯蔵の仕込み水と市内の蔵の仕込み水をブレンドして、成分を調整していたと聞きました。でも、現在のお客様には、この瀧ヶ沢湧水で仕込むまろやかな旨さが定着したと思います」
酒造好適米を“オール会津”へシフトする榮川酒造の戦略を、冨田杜氏も押しています。
今年から喜多方市の篤農家が生産する山田錦を使って大吟醸「榮四郎」を醸すわけですが、やはり、どのような酒になるのか緊張と期待が入り混じっていると語ります。
「地元に根付く酒造好適米を使う方針は、地産地消につながりますし、郷土を背負うような気持ちにもなります。大吟醸の仕込みについては、おかげさまで、本日、南部杜氏組合の自醸酒鑑評会の結果が出まして、優等賞を頂きました」
優等賞の要因を訊いてみると、麹造りでの手入れを怠らず緻密な破精観察を行い、高グルコースの種麹を使用して甘味を持たせているそうです。しかし、麹米造りでは、磐梯蔵が標高の高い山麓にあるため蒸米の沸点が低く、甑の調整が重要。また、外硬内軟に仕上げるために箱麹での造りを徹底しています。
さらに、吟醸系の酵母は福島県酵母のF1を主として使用し、甘やかでフルーティな味わいを醸しているのです。
この勢いに乗って、5月の全国新酒鑑評会も、金賞の朗報を願っていると瞳を輝かせます。
さて、冨田杜氏が指揮をとる現状の総仕込み量は480kl。磐梯蔵には、10kl~19klの仕込みタンクが60本ほど配されていますが、そのすべてを使うには至っていません。
「かつては3季醸造でしたが、コロナ下での減量を余儀なくされ、今は2季(秋~冬)となっています。そして、生産性の向上に製造現場を少数精鋭主義に転換し、早朝の蒸米、麹造り、タンクでの仕込みから製品ラインまで、全員でシフト対応しています」
確かに、リ・スタートした榮川酒造にとっては、さまざまなコスト節約が必須。その差配を揮う冨田杜氏みずから、マルチタスクで奮闘しているのです。
インタヴューの締めくくりに、冨田杜氏が理想とする酒の品質・味わいを訊ねてみました。
「水なのか、酒なのか、何とも言えない飲みやすさがあって、しかし後で、波のように薫りや旨味が押し寄せてくる、不思議な酒。実は、全国新酒鑑評会のある金賞酒を利いた時、そんな品質に驚き、今も印象に強く残っています」
そんな洗練された吟醸造りを、今後の榮川の美味しさに表現できればと語る冨田杜氏。
理想の美酒へ向かうステップとして、今年の全国新酒鑑評会 金賞受賞を期待しましょう。