テーマは“オール会津”、榮川の特定名称酒を世界市場へ
深い裏磐梯の森から漂ってくる風に、春の息吹きを感じます。したたる新緑を背する白亜の蔵棟を案内してくれるのは、榮川酒造㈱ 取締役社長の成田 惠一(なりた けいいち)氏です。成田社長は地元の会津工業高等学校を卒業し、18歳で榮川酒造に入社。45年間を酒屋一筋に歩んだ生え抜き社員から、トップへ就いています。
紳士然とした物腰、おだやかで丁寧な対応には、やはり会津の人品骨柄がにじみます。
「私が入社しましたのは昭和53年(1978)、その10年後に、この磐梯の地に新工場を建設し、しばらくの間、会津若松市内の昭和蔵と連動しておりました。そして平成20年(2008)、生産工程をここに一元化し、平成蔵として竣工しました」
入社後、まずは酒造りの醸造現場に勤め、さらに瓶詰等の製品ライン、出荷の調整・手配などオールラウンドに経験を積み上げた成田氏は、蔵の磐梯への移行とともに製造部長へ抜擢されました。その後、営業職としても実績を上げ、榮川酒造が株式会社リオン・ドールコーポレーションの傘下となった令和3年(2021)、大番頭として八面六臂の活躍をする人望を見込まれ、取締役社長となりました。
まずは現在の市場状況の解説をうかがいながら、酒造りにも精通している成田社長に、銘酒「榮川」の特徴と魅力を語って頂きます。
「コロナパンデミック前は、県内6割、県外が4割という市場比率でしたが、昨年度の実績では、5割ずつとイーブンになりました。この要因は、東京を主とした首都圏の新規得意先の増加と特定名称酒の出荷が伸びていることにあります。榮川酒造の特定名称酒の特徴は、馥郁とした旨味の良さ。それでいて、上品なキレと香りを併せ持っていることで、女性や若い世代の日本酒ユーザーにフィットしているのではないかと思います」
榮川の純米吟醸や大吟醸「榮四郎」など特定名称酒が注目されているのは、やはり全国新酒鑑定評会における福島県酒の実績だろうと成田社長は見ています。そして、この成果は平成2年(1989)にスタートした福島県清酒アカデミーの躍進によるとも言います。
「清酒アカデミーは福島県酒造組合が運営し、酒造りの知識や技術を指導する職業訓練機関です。各蔵元の若手社員が15名ほど参加し、企業の垣根を越えて技術を磨き、情報共有や意見交換を行うことで、福島県全体の酒造技術がボトムアップしています」
また、そもそも銘酒「榮川」の味わいはトロリとした甘口でしたが、磐梯の蔵へ移ったことで仕込み水が超軟水に変わり、まろやかな旨口へシフトしたことも特定名称酒には効果的だったと成田社長は分析しています。
そして東日本大震災以後の低迷に対して、榮川酒造では「頑張ろう! 福島」をスローガンに営業活動を展開。ようやく、復興の手ごたえを感じているそうです。
「とりわけ、地元のお客様による消費アップなど、多くのサポートも私たちに心強い応援となりました。その感謝も含めて、これからは会津の酒蔵である価値を押し出し“オール会津”を戦略に掲げていきます」
成田社長の目指す“オール会津”の戦略には、例えば、会津産美山錦、夢の香、そして新しく開発された福乃香(ふくのか)など酒造好適米への特化が挙げられます。特に、今年の大吟醸「榮四郎」の原料米は、兵庫県産山田錦ではなく、福島県喜多方市で生産される山田錦を使用します。
さらに、そこから出来上がる美酒と料飲店とのコラボもありそうです。
「実は、すでに山廃仕込みの酒を、会津の東山温泉にある老舗旅館の向瀧(むかいたき)様のご提案からPB商品として開発もしています。会津の郷土料理を前にして、それらにペアリングできる昔ながらの会津の酒を企画し、しっかりした旨味と酸味が魅力の山廃仕込みの榮川を造りました」
ほかにも、昨年は8年熟成の梅酒も発売し、新しいスタイルの日本酒ベースのリキュールにも取り組む所存と成田社長の言葉に力がこもります。
では、最後に成田社長が最重要課題としている、海外展開についての抱負を聞かせて頂きましょう。
「輸出については出遅れて、ごくわずかな数量となっています。清酒全体の国内需要は、今後も微弱ながら減少していくはずですから、やはり海外、特にアジア市場に注目しています。その準備として、ここ数年は海外のコンテストにエントリーし、高い評価を得ています。実は、先ほどご案内した当社のショップ“ゆっ蔵”には、戻りつつある中国や香港など、インバウンドのお客様がバスツアーで立ち寄って下さいます。また、蔵内の見学コースも案内して、外国人の方々に榮川をPRしております」
ゆっ蔵に並ぶ榮川商品のラインナップをテイスティングし、即購入するゲストも多いそうです。その状況に、社員とも海外戦略について検討中。2年後には嬉しい成果をお伝えできると、成田社長は約束してくれました。