オールラウンドな経験をもとに、次代の上善如水を求めるNEWリーダー
緑の水田に映える、真っ白な白瀧酒造の社屋。
「冬はこの辺り一面が雪に埋もれ、まさに寒造りの雰囲気です。とても感動的ですよ」
製造担当常務の山口 真吾 氏は、そう言って蔵の棟々を案内してくれました。
酒造りはシーズンオフの時期ですが、稼動しているボトリング工場と配送倉庫では生酒クール便の出荷が最盛期を迎えていました。この時期の生酒出荷は品質管理上難色を示す蔵元が多いのですが、白瀧酒造の万全の品質管理体制がそれを可能にしています。
その光景をひと目見れば、白瀧酒造の酒造りの丁寧さも実感できるでしょう。
ボトリング工場の向こうには、近代的な昭和蔵、新昭和蔵、平成蔵が並びます。各蔵の効率的な工程、現場作業に負担をかけない設計、塵一つ落ちていない清潔なフロアに、取材スタッフは思わず「おおっ!」と驚嘆しました。
現在、生産部の社員は13名で、平均年齢は30歳代後半と若く、それを束ねるのが山口常務です。
山口 常務は、昭和36年(1961)生まれ。湯沢町に隣接する六日町の出身です。地元の高校卒業後専門学校で学び、埼玉県の半導体(LSI)関連企業に勤めていました。
しかし長男であったため、27歳の時に実家を継ぐことになりUターン。ビデオの磁気ヘッドなどを製造する電気部品会社に入りましたが、遣り甲斐を求めている内に、白瀧酒造の募集広告を手にします。
「その時の広告には、“コンピューターシステムを使ったプラント的な日本酒造りをしてみませんか”と書いてありました。それと、自分自身、日本酒が大好きでしたから(笑)。ただし、酒造りのノウハウはまったく知りませんでした」
平成5年(1993)、31歳で白瀧酒造に入社した山口 常務でしたが、不安は無かったそうです。それまでの転身も含め、“変わることは頑張れること”、“知らない者ほど強くなれる”と矜持している山口 常務には、“常に変化しよう”と謳う上善如水の理念がピッタリと当てはまったのでしょう。
入社後は、麹造りの現場から各工程を学び、清酒学校で3年の研修。その間、プロダクトリーダーも任されました。そして5年目からは一転して営業へ異動、近畿・東海・関東の得意先を駆け回ったのです。
「その後に生産部へ戻りましたが、これまでの経験が生きています。現場からセールスまでのトータルな日本酒ビジネスを知ったことで、偏った考え方じゃ酒造りはできないと痛感しました。常々、現場のリーダーには営業センスが必須条件だと社長は申しておりました。私に期待してくれたことを、とても感謝しています」
最先端の生産管理システムを前にして、山口 常務ははにかみます。
それでは、酒造りの基本的な考え方を訊いてみましょう。
「当然ながら、上善如水が当社の柱です。ですから、地元の軟水を使った柔らかい女性的な酒造りが基本ですね。その他にも個性的な製品を造り出していますが、上善如水と同じく、それぞれにレベルは高いと思います。ここまで達したのは、やはり会社の方針のお蔭でしょう。“やれると思うなら、トコトン挑戦してみろ”と言う社長の声がありますから、現場もセールスも自由にチャレンジできます。
そうする内に、いろいろな問題にぶつかりながら双方の協力で克服し、どんどんレベルアップして、さらに良い製品を求めるようになるのです。相乗効果ですね」
山口 常務に従って歩けば、強大な酒母タンクやサーマルタンクが次々と現れます。これらの設備導入は高橋 社長が「やるべし!」と決断するやいなや、即座に実行されたそうです。
精神的にも肉体的にも充実できる環境にあり、こんな蔵元は非常に少ないでしょうと、山口 常務は胸を張ります。
麹造りについては、「米の吸水で決まりますね」と山口 常務は断言します。
洗いと浸漬については勘と経験値が必要で、ここでしくじるとすべてに影響を及ぼすと口調を強めます。
白瀧酒造の蒸米は、甑(こしき)ではなく最新式の連続蒸米機を使用していますが、蒸し上がりの状態は極めて良好。旧来の同機種に比べ、水分を含みながらもパリッとしたフカシが可能になったそうです。
麹米は、五百万石、山田錦を主に使用。五百万石の精米歩合は55~60%、山田錦の精米歩合では35~50%、昨年の平均精米歩合は57.3%になっています。
「むしろ五百万石の麹米が、上善如水らしさを生んだと言っても過言ではないと思います。削りにくく割れやすい米ですが、醸せば当社の水とは最高の相性です。掛け米に地元米の越路早生(こしじわせ)を使うと、スッキリと綺麗な酒質が生まれます」
五百万石を賞賛する山口 常務に、山田錦は上善如水に使用しないのですか?と訊ねれば、あまりにも味に幅が生まれ過ぎて、上善如水らしい味にならないとの答えでした。
自分自身、当初は麹が上手くいかなかったし、それは誰もが経験するハードルだと山口 常務は振り返ります。状態は突きハゼと総ハゼの中間がベスト、それが白瀧酒造の仕込みにふさわしい麹なのだそうです。
「突きハゼになり過ぎますと、醗酵の段階で味と香りの調和が出にくくなります。
当社の研究室では、麹のハゼ状態を毎回計測して現場にフィードバックしています。そして、数値把握も大事ですが、やはり麹造りには香り、温度、手ざわりなど五感で識別する力も必要です。ですから、新入社員は吟醸蔵の麹造り(室作業)を覚えることからスタートします」
この冬も、山口 常務を始めとする麹作業が夜を徹して続きます。
上善如水の味、香りに欠かせないのが、仕込み水「谷地(やち)の湧き水」でしょう。
白瀧酒造は3本の井戸からこの水を汲み上げています。また、社屋前では湯沢町の人々に無料で提供しています。
この水の特徴を、山口 常務に訊ねました。
「おだやかな軟水で、井戸の深さは20m~80mです。理論的には、20年前の雪解け水を汲み上げていることになります。これを0.3ミクロンのフィルターで濾過し、仕込み水にしています。この水が上善如水の香りや味わいを醸しているわけです。私たちは、水には非常に敏感です。湯沢の地下には水脈だけでなく湯脈も流れていますから、ちょっとした地盤変化も日々気になりますよ」
毎日の鉄分検査は必須条項。谷地(やち)の湧き水は、オルガノと呼ばれる高水準の濾過システムを使って、最適な水に変化させています。
インタビューの締め括りは、リーダーとなった今後の抱負と人材の育成についてです。
「私はベッタリと酒造りをしてきたわけでなく、営業も経験しましたので、客観的に酒造りを見ることができました。現場の人たちにはそれが必要だと思います。もちろん技術の向上もおろそかにできませんが、一人よがりの酒では商品として通用しません。日本酒を食品の一つとして捉えれば、自分たちの造る酒がどんなポジションにあって、どんな価値を持つ商品なのかと考えるようになります。そこが大事だと思うのです。ですから、製造部員も試飲会や展示会に参加し、得意先や一般消費者からの忌憚のない意見に耳を傾けるようにしています」
新しい酒の企画があれば、若手部員と営業マンにチームを組ませ、酒質からボトル、パッケージまで、まずは検討させてみると言う山口 常務。第2の上善如水となるような銘酒の登場は、彼の双肩にかかっています。