牧野藩奉行所へ参上する際の 家紋入り陣笠
岸家は、長岡でも屈指の肝煎り庄屋。地元から山古志村までの数十カ村を束ねる大庄屋の役目を、牧野藩より賜っていた。ゆえに岸家は、武士と同等の身分に扱われていたと推察できる。
この陣笠は、奉行所等など牧野藩の公の場へ参上する際に被った物。岸家の当主が、苗字佩刀を許され、“月代(さかやき)に髻(もとどり)”の髪型であったことが窺える。
北越戊辰戦争の名残 火縄銃
岸家に残る2丁の火縄銃。型を見ると、戊辰戦争時に薩長軍の主力であったゲベール銃やスナイドル銃とは異なる旧式で、いわゆる種子島銃である。
河井継之助による北越戊辰戦争が勃発した際、薩長軍は長岡の民家にも火を放ち、略奪や襲撃が横行して、数百人が亡くなったと記録されている。
おそらくは、それに備える防衛手段として家人が確保していたのだろう。
岸 五郎の愛用した 顕微鏡
渋味のある輝きとズッシリとした手ごたえが年代を感じさせる、真鍮製の顕微鏡。
創業者・岸 五郎は、この顕微鏡を愛用し、日本酒醸造研究における大発明「乳酸菌を応用した速醸」の原点を見つけ出した。
ボディーに刻まれたブランドから、ドイツ製品であることが読み取れる。