水・米・技の紹介

奥飛騨酒造株式会社(旧髙木酒造)

全国各地の酒を磨き上げ、今、奥飛騨を不動の美酒にする

全国各地の酒を磨き上げ、今、奥飛騨を不動の美酒にする 南部流の名人

飛騨の地酒の魅力は、元来、山国の酒らしい太くて辛い味にありますが、そんな野趣あふれる個性を残しながらも、旨味と冴えを持たせた美酒が「奥飛騨」と言えるでしょう。
その洗練された香りと味わいの秘密は、高木社長自らが南部杜氏の里・岩手県稗貫郡に通い詰め、ようやく招いた畠山 勝美 杜氏によって生み出されています。
畠山 杜氏は、昭和11年(1936)生まれの70歳。今年で酒造り55年目を迎えますが、全国新酒鑑評会の金賞酒を幾度も造り出してきた練達の酒人です。
「16歳から酒造りの世界に入りました。岩手の実家は農業を営んでいたので、父も杜氏をやっておりました。最初は福島県の蔵元へ入りまして、それから富山県、青森県、群馬県、茨城県、福井県の蔵元と各地で酒を造りました。最も長かったのは、福井県の蔵元での32年間です。若い頃はアル添酒造りが主で、吟醸造りを始めたのは昭和62年(1981)頃ですね」

冷え込んだ早朝の蔵でのインタビュー。畠山 杜氏の表情が、朝日の中でいぶし銀のように光ります。
前任者の杜氏は越後流だったそうですが、半世紀を越える南部流の達人が着任した途端、銘酒・奥飛騨は全国新酒鑑評会金賞の常連となりつつあります。
ぜひともその技を見てみたいと、取材スタッフは朝一番の製造現場へ押しかけたわけです。

南部流の 畠山 勝美 杜氏
早朝の寒い製造蔵へ
奥飛騨酒造は、7蔵目

まずは単刀直入に、畠山 杜氏の酒の特長を質問してみました。
「以前の蔵元までは、淡麗できれいな酒だと言われました。奥飛騨酒造では4期目ですから、まだお客様からの評価はあまり聞こえてきませんが、私の造り方を変えているわけではないので、ほぼそんな特長だと思います。ただ、どこの土地でもそうですが、それぞれの蔵元が使う素材によって若干ちがいはあったでしょうね。つまり麹を造る環境・温度ですとか水質によって、やや風味は変わると思います」
そんな吟醸酒造りの環境を整えるために、着任したばかりの畠山 杜氏は、まずは高木 社長に設備の改善と導入を具申したそうです。むろん蔵元は畠山 杜氏の要望をすべて叶え、その決断の速さに自分に対する全幅の信頼を実感したと、畠山 杜氏は皺深いまなじりをゆるめます。

淡麗できれいな酒が基本

畠山 杜氏は「奥飛騨酒造の仕込み水は、良質の中硬水ですよ」と声を高めます。
確かに、金山町には天然鮎やイワナの生棲する馬瀬川と益田川が交錯し、そこには飛騨の深山からの雪解け水が流れ込んでいます。
奥飛騨酒造では、その伏流水の地下水脈から仕込み水を汲み上げています。
「創業の頃からの井戸水で、水質はほとんど変化していないようです。軟水とはちがってアルコール発酵の足はやや早く、旺盛になりやすいので、酒母やモロミを無難に育てるのに適していますね。これを使って造る蒸し米もほど良い仕上がりで、突き破精(ハゼ)の麹が出来上がります。麹菌のまわり方を念入りに観察することが、私流です」
麹造りについては、室がやや狭いので工夫をしているとのこと。そこで畠山 杜氏に、麹造り真っ最中の現場へ、案内してもらいました。
40℃近い室の中、広げられた麹は本醸造用の物でしたが、しっかりと粒の揃った「ひだほまれ」の麹です。ひと口噛んでみると甘味がほんのりとふくらみ、昨夜飲んだ奥飛騨の味わいを実感させます。

清冽な中硬水
入念に麹状態を観察
ひだほまれ麹米

取材スタッフは、引き続いてモロミ造りの現場へと向かいました。
現在の吟醸造りは、1回の仕込みで約700キロの米を使用。小造り主義に徹した吟醸酒と純米酒が出来上がります。
嬉しいことに、今年の全国新酒鑑評会出品酒のモロミがすでに留添えを終り、泡も落ち着いた段階でした。タンクからは甘く華やかな香りが立ち昇り、鼻先をアルコール発酵による炭酸ガスがツンと刺激します。
畠山 杜氏は、それを丁寧に汲み上げ「一杯、きいてみませんか?」と差し出してくれました。これには取材スタッフも大感激!さっそくお言葉に甘えて、柄杓を回します。
いわゆる9号系の、華やかな酵母の香り。

「これは山田錦の仕込みですが、当社は“ひだほまれ”など、飛騨の地元米を使った造りが多いです。飛騨の米で、飛騨らしい酒を造ることが、地元を大切にする社長の方針でもあります」
そう語る畠山 杜氏自身、ひだほまれを気に入っているそうです。ある程度の高精米が可能でモロミにも適度に溶けるので、扱いやすい酒米と判断しています。

鑑評会出品酒のモロミ
ひだほまれの純米吟醸原酒

そして仕込み工程を一巡すると、いつの間にか畠山 杜氏の姿が見当たりません。
と思うや、「こちらですよ!」と声が聞こえ、視線を向ければ、そこには地下に降りる階段がありました。
「ここも、当社ならではの特長的な場所でしょう。半地下式になった貯蔵庫です。冬も夏も適温を維持できる、いわば自然の保冷倉庫なんです」
その構造は、再び地上に上がってようやく理解できました。
奥飛騨酒造の旧屋敷から製造蔵、そして本社社屋までは、山裾へ向かってなだらかに斜面を上り、それを上手に利用した地下倉庫なのです。傾斜を目にすれば、山から地下水が下り、奥飛騨酒造の井戸水となっていることも分かります。
「秋口の冷やおろしは、この貯蔵庫で良い具合に熟成しますよ。私はお燗酒派なので、大好きです」
畠山 杜氏自らの太鼓判!この秋は、冷やおろしの奥飛騨を飲んでみるべしのようです。

半地下式の貯蔵タンク
ゆるやかな斜面に建つ

現在、奥飛騨酒造の製造部は、畠山 杜氏とともに岩手から毎年やって来る4名の蔵人を中心に、飛騨出身の社員数名と構成されています。
季節勤務の南部の蔵人たちはいずれも畠山 杜氏の薫陶を受けたメンバーばかりで、南部流仕込みの教育・研修をしっかり受けた職人たちです。
「季節の出稼ぎ仕事が年々キツイのか、各地で高齢になられた杜氏が引退していますが、奥飛騨のためには、私はもうひと頑張りしなきゃいけません。今年の甑倒しは2月14日。もう少しですよ」
そう言ってはにかむ畠山 杜氏に、今年の金賞も期待してますね!と蔵案内の礼を述べれば「さて、いかがなりますか」と、自信を覗かせるような笑顔を返してくれました。
銘酒・奥飛騨を不動の美酒に押し上げる南部流の技に、今年も栄冠が輝くことを祈りつつ、インタビューを終えることとしましょう。

岩手から4名が同行
高木社長と蔵人たち