男山気質と地元愛で醸す、魂の酒造りを
男山株式会社の本蔵前に、滾々と湧き出る泉。「延命長寿の水」と名付けられたその水に、はるばるとやって来た旅人は喉を潤し、旭川市民たちがペットボトルを手にして、列をなします。
敬老の日には、この水を飲んでもらい、益々元気で健やかに過ごして欲しいと願いを込め、「延命長寿の水」のラベルを貼ったボトルも用意しています。
「大雪山万年雪の伏流水井戸から汲み上げている、男山の酒の仕込み水です。この柔らかな名水と高品質の酒造好適米が、当社のこだわりの根幹です」
自信たっぷりに答えてくれたのが、男山の酒造現場でリーダーシップを揮う高濱 美春 製造課長です。酒造りの世界に入って、23年目を迎えました。
新潟県の頚城が出身地と聞いて、「杜氏さんの町ですね!」と問い返すと、はにかむような笑みをこぼしました。実は、高濱課長の父親は、新潟県の某有名蔵元で杜氏を務めていた人物。それなら生え抜きの杜氏志望かと思えば、これがさにあらず。
高濱課長が酒造りに関わったエピソードには、不思議な親子の血を感じざるを得ません。
「元々は、左官職人だったのですよ。家壁を塗る職人ですね。それで、旭川に仕事で来ていたのですが、冬はシバれて(寒くて)手もかじかんで仕事になりません。そんな矢先、ある蔵元から『酒造りをやってみないか?』と誘われまして、季節蔵人として働くようになったのです。それまでは、春の雪解けとともに帰って来る父の話に、おぼろげながら酒造りの仕事を頭に描くだけでしたが、いざ自分が入ってみると過酷な重労働で、悩みの尽きない職人の世界だと痛感しましたね。父はもう引退しましたが、頑固一徹な気性で、今でも何一つ教えてくれません。ただ兄弟の中で酒造りを始めた私には、どことなく気脈が通じているようです(笑)」
左官職人から酒職人へ。高濱課長のDNAには、やはり親譲りの職人魂が息づいているのでしょう。
さて、男山の酒の個性とは?ズバリ、高濱課長に訊ねてみましょう。
「大らかで澄んだ冬の気候、大雪山の純粋な雪解け水、そして酒造好適米のこだわりという3つの要素に、我々が旭川に暮らす心を込めて、“命ある酒”に育んでいること。また、そんな日々の営みを見つめ直し、考えることのできる、自然や季節と対話しながらの酒造りですね。ですから、当社の酒の中に醸されるのは、原料や技術の味だけでなく、もっと有機的な存在といいますか、人の心に伝わるものじゃないかと思います」
なるほど、この答えにも高濱課長の職人的な素地素養を実感します。
そんな男山の酒の真骨頂と筆者が思うのが、モンドセレクションなど海外の国際コンクールで連続受賞している「純米大吟醸男山」です。選び抜いた上質の山田錦を丁寧に磨き上げ、抜群の香りとキレを持つ味わいは、海外の日本酒ファンから「ベスト オブ ライスワイン」として絶賛されています。
「当社は、良質の原料米の購入にこだわっています。北海道は、物流面やコスト面でもリスクが高いのですが、山崎社長からは『造り酒屋としては当然のことで、たとえ一般酒であろうと、可能なかぎり酒造好適米を使用し、その精米歩合を上げる方針で臨む』と薫陶を受けております。平均精米歩合は58%前後、兵庫県の山田錦、長野県の美山錦、岩手県の吟ぎんが・吟おとめ、山形県の出羽燦々、秋田県の吟の精など、全国各地の出来栄えを見ながら、より良い米を使うことが基本的な考え方です。そんな美味しい酒を、まずは旭川の人たちにたっぷり飲んで頂きたい」と、高濱課長は男山気質を語ります。
道産米への取り組みは、まだまだ研究と試作が必要だと、高濱課長は言います。
これまで男山が旨としてきた仕込み方に、吟風などの道産米がどれほど適しているのか。それらを使うことによって、これまでの男山の風味やイメージが変わってしまうことは好ましくないわけです。
また北海道では、花酵母への取り組みも顕著になっているそうで、知床半島の名花・ハマナスの酵母が人気とか。しかし、これに取り組むことも、確固とした味と品質を定着させている男山としては、まだ課題が多いようです。
現在、吟風については試験的な仕込みを行い、旭川限定の3年貯蔵酒を販売しています。
当社の酒は、北海道の酒にありがちなスッキリした淡麗タイプより、味があるけど重たくなく、旨さと香りの調和した美味しさを重視しています。ですから、生もと純米などにも力を入れています。瑞々しさも大切ですが、後味が良くて、余韻を楽しめることも料理と楽しむ酒として大切でしょう」
そんな酒を高濱杜氏と造る人たちは、社員と地元の季節職人を合わせて28名。繁忙期は、旭川の農家の方たちがほとんどです。
「女性の蔵人も、増えています。当社は、早い時期から女性を採用していました。現在は麹造りに2名、吟醸仕込みの助手1名、酒母の助手に1名。温度管理や洗い物の担当ですが、職場の衛生環境が良くなり、対話も増えて家族的ですよ」
きっと出来上がる酒にも、そんな雰囲気が醸されているのでしょう。
締めくくりに、高濱課長の今後の課題について教えてもらいましょう。
「やはり、後継者の育成ですね。最近、当社も若返りがあったばかりでして、仕事の正しい分析や速やかな判断を養えるように、心がけています。製造マニュアルはあっても、微妙な変化や間合い、勘所といったような、機敏に対応できる能力が現場には不可欠です。まだまだ私自身も修行と経験を積み重ねていかねばなりませんし、個々の潜在能力を引き出すためには、上司と部下、同僚同士が、お互いに日々の行動を意識して、切磋琢磨していかないとダメです。もちろん、さまざまな実習や研修も必要です。南部杜氏の講習に参加したり、全国新酒鑑評会には若手スタッフを必ず行かせるようにしています」
技術や理論は学べば分かるが、現場の品質管理や危機対応などは、あらゆる状況での実践から生まれると高濱課長。それは、酒造りに入門してからの数年間、自らが悩みもがいた日々の中で、体得したことなのでしょう。
「清酒は日本人の、どこの暮らしにも、いつも傍にあるものでした。それが少しずつ遠のいてしまってるようで寂しいのですが、男山の酒は、旭川人にとって、そんな身近な存在でありたい……これからも、ずっと、私のテーマです」
スーパーマーケットで、男山のボトルを買ってくれる人を目にした時、心の中で合掌してしまうんですよと笑う高濱課長。
そんな職人の心が乗り移った男山の美酒を、今夜はぜひ、楽しんでみたいと思いませんか。