変わることなく地の米、地の水、地の人で醸す、出羽の旨酒の魅力
近年、東北の日本酒の中でも話題となっているのが、山形県産の酒造好適米・出羽燦燦(でわさんさん)と山形酵母を使って醸した製品。ふくらみのある米の旨味とおだやかな香りは、和・洋を問わずいろいろな料理とみごとにマッチします。
その中でも古澤酒造の純米吟醸「美田美酒(びでんびしゅ)」は、若い世代や女性たちに人気が高い商品です。
「日本酒度プラス・マイナス0という、優しい味わいがフィットしているのでしょうね。精白をほどほどにして軟水でじっくりと醸した出羽燦燦は、搾った後も日を経るごとに旨味が出てきます」
そう答えてくれたのが、古澤酒造の製造責任者である、古澤 照夫 専務。にこやかな笑顔が、思わず古澤酒造の優しい味わいの酒を想像させます。
古澤 専務は、古澤 康太郎 社長の実弟で、大学の理学部を卒業した化学系エキスパート。
昭和48年(1973)に家業へ入り、社長同様、国税庁醸造試験場で研修を受けました。製造部一筋に、32年目を迎えています。
古澤酒造の商品は、ほどよい旨味と酸味がマッチした本来の日本酒らしさが信条です。
筆者好みでもあるその酒質は、どのような杜氏・蔵人によって造られているのでしょう。
「当社では、吟醸酒と普通酒をはっきり区別して“らしさ”を考えた仕込みを行っています。私が杜氏の立場を兼ね、8人の季節労働の蔵人たちとともに造ります。
東北には、山形の南部杜氏や秋田の山内杜氏などが多いのですが、
この寒河江は、地元の兼業農家の方たちによる酒造りが、昔から続いている土地なのです。さくらんぼ農園の方も多いですよ。私の父や祖父の頃から馴染みの方や、その関係のメンバーですから、気心知れた“あ・うん”の呼吸で仕事がやりやすいのです」
近隣から通う蔵人ばかりなので長期の泊り込みもなく、精神的・肉体的に負担が少ない。だから、毎日の酒造りに良い効果があると、古澤 専務は語ります。
古澤酒造は三代目・徳治による縦型澤式精米機の開発にもあるように、早期から全量自家精米主義を徹底しており、精米所には4台の新鋭機が並んでいます。
近年は日本酒の低迷もあって、コストパフォーマンスの点から自家精米を止める蔵元も増えていますが、古澤酒造は頑なに守り続けています。
「酒屋が、米にこだわらずして酒を造るわけにはいかないですよ。共同精米で磨いた米を否定するのではありませんが、卑近な例ですが、米は“メチレンブルー”という薬品で白くすることもできるんですよ。ですから、自家精米は蔵元の信念によるものだと思います。まずは玄米の顔をちゃんと見て、自分たちが納得した米を丁寧に磨くことで、いい酒を造るという実感も湧くはずです」
米どころ山形の蔵元だけに、玄米へのこだわりは人一倍強いと自負する古澤 専務。出羽燦燦を始め、厳選した美山錦、山田錦の精米にも厳しいチェックを怠りません。
また、地元米の品質が良いのは、山勢(やませ)による冷害や台風の影響が極めて少ないためで、その理由は、月山などの出羽三山が楯となって寒河江一帯を守っているからだそうです。
その高品質の自家精米を用いた麹にはどのような特長があるのか、古澤 専務に訊いてみました。
「吟醸造りの麹は、箱麹で手造りをします。山形酒の特長である旨味を念頭に置いて、麹の破精込みは極端な突き破精でも総破精でもなく、菌の回りが良いしっかりとした破精を基本にしています」
昔は麹蓋による細やかな麹造りを徹底していましたが、現在はやや大胆にした箱麹による室作業を行っています。
では、酵母の選定はどのような傾向でしょう。
「山形酵母を中心にして、香りの柔らかな品種を使いますね。当社の酒の味わいには、華やか過ぎるものは合わないと思います。ただ、蔵の性格なのでしょうか、同じ酵母を使っている他社よりも、少し香りが立つこともあるんです」
自社酵母の培養は以前には行っていたようですが、現在は山形酵母や協会酵母を使用し、品質の良い年度のものを貯蔵管理して活用しています。
さて、月山の雪解け水から生まれる古澤酒造の仕込み水は、無味無臭の軟水です。井戸は3本あり、どれも同等の水質と古澤 専務は言います。
「水の硬度が低いので、酒母やモロミはゆったりと時間をかけて発酵します。それだけに上槽まで気が抜けず、温度・品質の管理が大変です。でも、この水でなければ、当社の特長であるふくよかな味わいに仕上がらないのです。
このような軟水ですから、麹はできるだけ腰のある、しっかりとした状態へ持っていくわけです」
月山の雪解け水の素晴らしさは寒河江川の水面にも納得するところで、伏流水となって寒河江市の地下に流れています。確かに寒河江市内のホテルで水道の蛇口を捻れば、その水は匂いを感じず、口に含んでも違和感がありません。
余談ですが、寒河江の蕎麦が美味しいのも、この水で粉をこね上げるためなのでしょう。
平成16年度の古澤酒造は約1500石の製造量でした。全国新酒鑑評会で入賞するも、惜しくも金賞には僅かに及ばなかったのであろうと、筆者は推察します。
昔と変わらない、少数精鋭の季節蔵人による澤正宗の味わいは、その仕込み方とともに印象深いものでした。
「近年は若い蔵人が徐々に増えていますが、やはり社員ではなく、季節労働の方でやっていきます。それはある意味、寒河江市が農業(さくらんぼ園)によって成り立っていることの証しかも知れませんね」と、古澤 専務は最後にコメントしてくれました。
寒河江の空気にも似た銘酒・美田美酒……澄んだ水の香りと米そのものの美味しさ、その日本酒らしい日本酒、出羽の酒らしい古澤酒造の味わいは、昔から変わることなく高い評価を得ています。
筆者も今宵は、存分に美田美酒の酔いに耽りたいと思います。