お盆明けのマチコの店内は、静かだった。
帰省からUターンしたばかりの松村和也が、土産を手に「こんばんは!」と格子戸を引いた。と同時に、真知子が「あっ、やっぱり、ナマってる」と口走った。
確かに松村の声音は、やや関西弁っぽくもあった。
してやったりの面持ちで、常連の澤井が「ママ、大吟醸を一杯だったよな」と、空の冷酒グラスを差し出した。
きょとんとしている和也へ、真知子は舌先を出した。
「暇だから、二人で賭けてたの。次に来るお客さんは、お盆で田舎へ帰ったせいで、言葉が訛ってるかどうかって」
「えっ! 俺、ナマってないやろ?」
和也の語尾は、いつもと違っていた。
「ほら、出た。和也君って、滋賀県の彦根出身だったかしら」
澤井は注がれた大吟醸を、さも美味そうに啜った。
「でも、盆と正月に、小さい頃の自分に戻れるなんてイイじゃないか。俺なんか田舎が無いんだもの。ねえ、ママ。ここの常連のみんながお国なまりで喋り合ったら、楽しいだろうなあ」
「でも、北海道と沖縄の言葉で話したら、てんで解かんないわよ」
そう言って、真知子はカウンターに置いているトウモロコシとゴーヤを見比べた。
「いや、言葉がじゃないよ。きっとその人らしさが見えるはずだ。素直な表情があって、優しさが感じられて、みんなが癒されると思うんだ。地酒の味と同じだよ」
「なるほど、そうですよね。なまりも地酒も、もともとその土地独自の文化なんだ。でも滋賀には、こんな文化もあるんですよ。澤井さん、おひとついかがっすか?」
にやりと笑った和也が、土産を開いた。
鼻の曲がりそうな異臭が、マチコの店内に漂った。鮒寿司だった。
目を瞠る澤井は、腕組んだままで唸っていた。