人気の男性タレントのスキャンダルを載せた写真雑誌を、澤井が食い入るように読み耽っている。
「澤井さん、お酒冷めちゃうわよ。そんなに面白いの?」
「あっ、ごめん。でもこの人、毎年誰かと噂になるじゃん。こんなにモテたら、いちいち前の相手のことなんて、憶えてらんないだろうなあ」
「男の人は、そうかもね……」
真知子が、答えるともなくつぶやいた。
「僕はちがうよ。やもめだからね。でも、今のママの言葉、意味深だな」
独身中年の澤井は、詮索するような表情で真知子を見つめた。
そんな思いを、真知子は、つい昨日したばかりだった。
昼下がりの商店街へ買出しに向かった真知子は、ふいに肩を叩かれた。
「しばらくだね」
五年前に別れた小野寺だった。なで肩のやさ男タイプだった小野寺はプックラとふくらみ、30歳半ばとなった年齢を顎のたるみに映していた。
小野寺は辛口の地酒が好きだった。
同棲した二年半で、真知子は本当の日本酒の味を教えられた。
ただしつこいだけの酒と思っていたのに、七色、十色もの味わいがあり、それは小野寺の胸の匂いとともに、ささやかな幸せを真知子に育んでいた。
「こんな時間に買い物なんて、今、何してんの?」
「……居酒屋をやってるの」
言いよどみながらも、真知子の胸は高鳴っていた。
「そうか。真知子は愛想がいいから、きっと繁盛してんだろうな。頑張り屋だしな」
真知子は、「そこへ、行ってみたい」のひと言が続くのを期待した。
「俺、名古屋に転勤になっちゃって、今日は出張なんだよ。でさ、土産買って帰りたいんだけど、あれ何だったけ? 真知子の好きだったお菓子」
「バカッ!」のひと言が、のどのあたりまでこみ上げた時、小野寺の左手の指が光った。真新しい指輪が、夏の陽射しにきらめいていた。
「もう、忘れちゃった!」
真知子は、踵を返して歩き始めた。真知子の精一杯の反撃だった。大人げないと思いながらも、悔しさと腹立たしさが込み上げていた。
「澤井さんは、好きだった人のこと、どれくらい憶えてる?」
コップ酒を飲み干した真知子は、その様子に目をしばたいている澤井に尋ねた。
「そうだなあ。一人一人のことをはっきりとは憶えていないかもな。
ただ、それぞれの好きだったところだけは、自分勝手に色付けして好みの女のイメージにふくらませているのかも知れないな。でも、それが一番かも。おいしいお酒の味みたいにね」
「そうね……思い出だもの」
数日後、マチコの棚に、新しい辛口の地酒が並んでいた。