安芸津流と西条流のみごとな融合、広島杜氏師弟が織りなす旨口の真骨頂
銘酒・賀茂鶴は、今年もみごとに全国新酒鑑評会の金賞に輝きました。昭和48年(1973)から連続18回受賞という金字塔も達成されています。
その天下無比なる酒造りには明治期に確立した安芸津杜氏流と西条流の酒造りが融合し、時代ごとの卓抜した杜氏・蔵人の研鑽が積み重ねられています。
今日も、その珠玉の技を継承するべく名杜氏、若杜氏が賀茂鶴酒造の櫂棒を握っています。
「私は安芸津町の出身で、酒造りは今年で41年目となります。16歳から香川県の蔵元で修行し、賀茂鶴酒造へ初めて入ったのは昭和43年(1968)のことでした。それから数回、当社と関係のある四国の蔵元へも出向し、平成元年(1988)より再びこちらへ帰ってまいりました」
66歳を迎えた醸造部長の峠本 忠義 氏は、数ある賀茂鶴酒造蔵を束ねる総杜氏です(平成25年には、黄綬褒章を受章)。安芸津杜氏は古くから海を渡って四国へも出稼いでおり、特に愛媛県や香川県内には、広島と同じ旨口酒仕込みの蔵元が多く存在しています。
そして今一人、若き賀茂鶴のリーダーが地元・西条出身の醸造部課長・友安浩司 氏。酒造り20年目、杜氏となって4年目を迎えています。ようやく円熟期に入り始めた友安 氏を名人の域に達した峠本 氏は厳しくも温かく見守り、まさしく安芸津流と西条流の師弟関係が実を結んでいるわけです。
さて、日本の心を提唱する銘酒・賀茂鶴とは造り手からすればどのような酒なのか、峠本 氏に訊いてみましょう。
「酒そのものとしては、味にふくらみと幅があり、旨味を醸しながらもすっきりとしたキレも持っていることですね。私が入社した頃の賀茂鶴は、いわゆる広島酒ならではの旨味の強い酒でしたが、ここ20年ほどはお客様が吟醸香のある淡麗辛口の酒を求めるようになったため、バランスを取りつつ少しその特長を持たせました。近頃は米の旨味を醸した酒が飲まれるようになってきているので、もう一度、旨味とキレのバランスが絶妙な賀茂鶴を追求しています」
なるほど、旨味をふくらませながらもすっと消えていくような余韻は、筆者も昨夜の一盃でとくと感じ入った特長でした。
その秘訣は、高品質で安定した原料米と丹念な麹造りにあると、峠本 氏は続けます。
「私が若い頃、賀茂鶴酒造には杜氏が6人おりました。毎朝、皆が自分の造った麹米を持ち寄って、品評と相談を繰り返したのです。人それぞれに出来具合は若干違っていましたが、どれもやはり旨味のある麹でしたよ。その理由を話し合った時に必ず口を揃えるのは、広島産の酒造好適米がとても良いことでした。広島県には八反米や八反錦、こいおまち米などの酒造好適米があり、これらはいずれも米の味を存分に感じる酒を醸し出します。どれも味が出やすくモロミの溶け方もスムーズ、酒が造りやすいと言えますね。特に50%精米した八反米は、なかなか素晴らしい味を醸します」
峠本 氏は、若い頃からこれらの地元産酒造好適米の良く破精込んだしっかりとした麹造りにこだわりました。それが今日の賀茂鶴の旨味、キレのバランスを生み出すことにつながっています。
そんな大先輩の技と心を学び、これからの賀茂鶴を醸していく友安 氏は、どのような酒を探求し、どんなテーマを掲げているのでしょう。
「本物の日本酒を好きな方が、美味しくて飲み飽きしないと感じる酒ですね。日本酒の素晴らしさを知っている方にこそ売れる酒造りを、大事にしたいです。日本酒は、本来、米の味を生かす醸造酒ですから、蒸留酒のような強い喉ごしを楽しむ酒とは違うと私は思います。できるだけ、ゆっくりと時間をかけながら楽しむ酒でしょう。当社の特等酒などは、その典型的な酒だと思います。燗でも冷やでも、米の旨味とほど良い喉ごし・後味を感じるんです」
毎年の全国新酒鑑評会の金賞受賞は、もちろん自分にとっても誇りであり、杜氏冥利に尽きますと表情をほころばせる友安 氏。しかし、毎日の晩酌酒としては「賀茂鶴は味も香りも均整が取れた、食とともに楽しむ酒だねえ!」と言わせる酒を造りたいと語ります。
また、友安 氏はさまざまな酵母についての適性や使い方も、峠本 氏とともに研究を重ねています。
志向性豊かな酒が市場に並ぶ現在、それを醸す酵母も多種多様です。つまり、求める酒に応じて求めるモロミは変わり、そのモロミや酒母を育てる酵母を見極める能力も杜氏には必要なのです。
「最適な酵母を選択することは、とても難しいですね。峠本 氏といつも同じ意見に至るのですが、吟醸香の高い酵母は使用することは少ないです。当社の求めている酒は香りよりも味わいを重視している酒なので、酵母もそのような系統になります」
どちらかと言えば、香りは立つけど旨味が少ない酵母は賀茂鶴の味には向かないようですと、友安 氏は語ります。
そして賀茂鶴の麹造りに欠かせないのが、賀茂山系の天然水(伏流水)と言います。
「ドイツ硬度で3~4度と硬水に近い軟水の地下水を、5本の井戸から汲み上げて醸造用水として使用しています。灘の宮水と伏見の水のちょうど中間ぐらいですね。酒母の発酵には非常に適しています」
それぞれの井戸で若干水質も異なりますので、求める酒に応じて使い分けています。
現在、賀茂鶴酒造の醸造部門は、峠本 総杜氏も勇退し名誉杜氏となり、友安部長をはじめとする3名の杜氏を中心に、約30名ほどの蔵人によって支えられています。
そこには醸造学の名門・広島大学を卒業した精鋭も勤め、達人の匠と一級の技術者のコラボレーションが新たな時代の賀茂鶴を生み出そうとしています。
近年、酒造業が企業となって以来、杜氏や蔵人などの伝統的存在が消えていることは、社会趨勢として致し方ないこと。賀茂鶴酒造も例外ではありませんが、しかし、日本の伝統酒をモットーにするだけに、代々の現場には、しっかりと酒人の魂が伝えられています。
「賀茂鶴の味わい、旨味のある酒をこれからもずっと追求していきたいですが、飲んで下さった方が『日本酒って、こんなに美味しかったんだ!』と感動する酒が目標です。旨さにも、いろいろあると思います。例えば、どこで、誰と、どんな料理と飲むかによって、旨さはさまざまに変わると思います。私は営業ではないので商品セールスには直接関わりませんが、そんな想いを持つことは酒の造り手として忘れてはならないように思うのです。
魂を込めた酒造りとは、そう言うことではないでしょうか。それを続けていくことで、日本の心や日本らしさを伝えられる賀茂鶴になると思います」
はにかみつつ訥々と語る友安 氏に、我が子の成長を見るような峠本 氏のまなざしが向けられていました。
最高の腕を持つ二人の関係に、筆者が想ったのは「双鶴」と呼ばれる至宝の大吟醸酒。
谷 文晁の名筆画に由来する二羽の鶴は賀茂鶴酒造のブランドマークの一つですが、これは銘酒・賀茂鶴と縁を持つすべての人や企業との信頼関係を象徴しています。
信頼と絆に結ばれた広島杜氏の師弟は、その双鶴のごとく、これからも賀茂鶴の旨味と妙味を醸していくことでしょう。
※役職、年齢は取材当時(2006年)のものです。