波の彼方から渡り来た水軍・松浦党の末裔は、朝鮮貿易も手がける鳴門の酒蔵となった。
およそ一万坪を有する本家松浦酒造場の敷地。その一角に200年を越える大屋敷の棟が並び、鬱蒼とした木立ちが繁っています。
文化元年(1804)創業の蔵構えを残す奥座敷で、八代目社主の松浦恭之助(まつうらきょうのすけ)会長に話しを聴き始めると、古い書簡箱から一枚の家系図が出されました。
ここに現物を披露することはできませんが、色褪せた書面にある恭之助氏の血筋をたどると、本家松浦酒造場の創始者・直蔵(なおぞう)の名が見られます。さらにその先代は豊朗(とよあき)とあり、安永年間頃(1772~1781)に活躍した人物のようです。
「豊朗は松浦本筋から分家しておりまして、“加美屋七郎兵衛(かみや しちろべい)なる商人の跡取りに入っています。酒造りだけでなく、回船、米、肥料なども商っておったようです。その息子の直蔵が、改めて松浦分家として酒蔵を始めたのでしょう」
そう言って松浦本筋の系譜をなぞる恭之助氏の指先は、さらに書面を上って行きます。そのルーツは戦国時代にまで遡り、始祖には郡弾正(こおり だんじょう)の名が記され、妻は細川讃岐守(ほそかわさぬきのかみ)の女ともあります。
歴史上、細川讃岐守が頻繁に現れるのは、応仁の乱の頃。何やら武家の匂い漂うご先祖……と筆者が感じた時、恭之助氏からあっと驚く言葉が投げられました。
「肥前の松浦党をご存知でしょうか。鎌倉時代から九州の長崎・平戸・五島周辺を根城にしていた水軍です。どうやらその一派が、私どものご先祖様のようです」
あの文永の役(1274)・弘安の役(1279)で蒙古と戦った海賊の子孫!!と思わず顔を見合わせる筆者とカメラマン。
そして、その証となる逸品を、インタビューの後で我々は目の当たりにすることとなるのです。(お宝紹介ページに記載)。
さて、本家松浦酒造場の初代・松浦直蔵の生み出した酒銘は“常盤(ときわ)”。この酒は、二代目の五郎衛門、幕末期の三代目・陸太(りくた)の頃には、地元阿波藩への供給だけでなく、回船を使って大阪や堺へも運ばれました。四代目・九平(くへい)の時代には金松丸・銀松丸と呼ばれる2艘の船を駆使し、当時の朝鮮にも酒樽を運んだそうです。
荒波の馬関海峡を越え日本海の果てまで疾駆したという口伝に、“紛れもない松浦党の血統”と唸るばかりです。
代々の酒蔵当主に継承されてきた理念は「品質本意」と「温故知新」。古き伝統の中に流るる品質を高めようとする技の琢磨と、品質を高めるための新しい技の取り入れを怠ることなく継続する努力を信条としています。
その甲斐あって、明治28年(1895)には第4回国内勧業博覧会において、名誉ある一等賞を受賞したのです。これを機に鳴門鯛の銘は京阪神一円にも流布し、明治36年(1903)の醸造石高は597石に達しています。
明治19年(1886)には、徳島県令(知事)・酒井 明 氏より五代目・九平が「鳴門鯛」の商標を拝受しました。
さらに時代の変化に対応し、大正4年(1915)いち早く発動機動力式精米機を導入。現在まで徳島県内唯一の自家精米工場を備える酒蔵として認知されています。ちなみに、その頃の社名は、松浦九平商店でした。
本家松浦酒造場と看板を掲げたのは昭和に入ってのことですが、何故に“本家”としたのかを恭之助氏に訊ねてみると「撫養町に瀬川半兵平衛(せがわ はんべい)という蔵元がおったのですが、昭和13年(1938)の国家総動員法発令で瀬川氏は“弱小の酒蔵は廃業せよ”と企業整理を命じられ、ついては当社がその社屋いっさいを引き受けたのです。つまりそこを撫養支店とし、こちらは本社(本家)にしたわけです」とのこと。
七代目・寛平の時代には太平洋戦時下のため米の配給もなく、息子の恭之助氏は学徒動員に借り出され、愛知県で航空機を作っていたそうです。
やがて終戦を迎え、復興の波が押し寄せる中、昭和33年(1958)八代目の恭之助氏が家業を継いだのです。
昭和3年(1958)生まれの恭之助氏は、戦争の真っ只中に育っています。酒蔵の跡取りとして、戦後復興期の昭和という時代に酒蔵を守り抜いてきました。
昭和40年以後の「鳴門鯛」は、まさに水を得た魚。順風満帆の船のごとく、昭和50年代の地酒ブーム期が過ぎ去ってからも極上の美酒を醸し続け、高い評価を博しています。
平成9年(1997)には九代目松浦一雄氏が登壇し、本家松浦酒造場はNewエポックを次々にヒットさせました。
若者や女性たちに人気を呼んでいる「すだち酒」もその一つ。地元特産の新鮮なすだちの香り、酸味を生かした酒質は、徳島の乾杯の定番酒として、人気の徳島みやげとしてファンの心を掴んでいます。
日本酒「鳴門鯛」は海外にも進出しており、アメリカを皮切りに現在ではアジアやヨーロッパにも販路を広げているそうです。平成25年(2013)に「和食」が世界遺産として登録されたことに伴い、世界での「日本酒」への注目度がさらに高まっている中で、活躍が期待されます。
平成25年(2013)には全米新酒歓評会「金賞」を受賞、平成26年(2014)には日本全国美酒鑑評会(吟醸酒部門)大賞を受賞した「鳴門鯛 大吟醸」を、まずはお試しあれ。
その味わいに、歴代社主の抜群の舵取りセンスと、かつて大海を駆け巡った水軍の祖を思い浮かべるのは、おそらく筆者だけではないでしょう。