品質と価格のバランスに、新しい個性を光らせる商品を!
田村酒造場の銘酒「嘉泉」は、地酒が人気を呼んだこの20年の中で、福生の地酒から関東を代表する美酒の一つへ変身しました。その名声は、遠く関西や西日本の酒匠たちにも聞こえ、希少な東京の美酒としてラブコールを受けています。
そして今、アルコール市場の大きなうねりを迎えて、新たな挑戦に踏み出したのが、蔵元・十六代目の田村 半十郎です。
「早稲田大学を卒業後、とある酒類企業に勤めまして、その3年後に田村酒造場に入社しました。やはり大きな企業とちがって零細な組織ですから、いささか戸惑いもありましたよ。しかし、反面良かったのは、社員同士がとても身近にいて、忌憚無く直言し合えることです。だから、コミュニケーションもコンセンサスも早く取れる。キレが良くて、ノド越しのスムーズな人間関係。そう!当社の酒みたいなものですね(笑)」
昭和33年(1958)生まれの田村 社長。入社後、製造石数が2000石を越えた時期をピークにして、現在はその6割ほどに減産していると答えてくれました。
筆者の目からすれば、5000石は軽く超えていそうな威容を誇る蔵棟ですが、田村酒造場では、あくまで手造りの本物の酒造りを旨として、家内工業的な立ち居地を維持してきたそうです。
「なかなか厳しい時代ですが、先祖からの暖簾を受け継ぎ、社員を守り、その成果として美味しい酒を造り続けるという法則のためには、これ以上の減産はできません。ですから、今からが勝負になってくるでしょうね」
そう語る田村 社長の日本酒市場への洞察、それに対する実践と抱負を語ってもらうこととしましょう。
「大吟醸ブームは、ほぼ収まった観があります。つまり、どこのお蔵元でも最高の原料と技術の粋を集めれば究極の大吟醸が造れる時代になり、その品質も横一線に近くなったと言えるでしょう。じゃあ、その下のレベルと申しますか、味と品質は大吟醸ほどではなくても、もう少しリーズナブルな商品ジャンルはどうか。ここが、当社のような規模の蔵元が攻める市場だと思います。当社が目下検討中の新しい酒は、いわゆる“中吟(ちゅうぎん)”と呼ばれる製品ですが、すべて手搾りにします。そして、滅菌はプレートヒーターではなく、手間のかかる瓶火入れです。少ない人数でのきつい仕事ですが、まずは労力を惜しまずやってみようと、社員一同、結束を固めました。もちろん、美味しい酒になることでしょう。中吟クラスではこれまでにない最高の品質でしょうし、差別化・個性化という意味では、まさに的を得たものになると思います。それに、これをやり遂げ、お客様の評価を聞かせて頂くことで、私たちに新たな自身や心構えが生まれると思うのです。」
今、市場が求めているのは、品質と価格のバランスに、新しい個性を光らせる商品だと田村 社長は指摘します。そして次なるその商品を、嘉泉と並立するような田村酒造場のブランドニューに押し上げる計画です。
そのためには、最高級にこだわるのでも、量産を目指すのでも、低価格を追うのでもなく、温故知新あるいは不易流行から紐解いた中庸であることの大切さ……そんな不変の哲理こそが、今後を行き抜く蔵元には大切なのではと、田村 社長は柔和な笑顔をほころばせます。
では、その新商品を飲んでもらうファン作り、引いては日本酒ファンを増やす業界の啓蒙については、どう考えているのでしょう。
「正直なところ、日本酒飲酒人口はどんどん高齢化しています。ところが、ビギナークラスが増えないのが、少子化も含めた悩みのタネですね(笑)これはもう、業界を挙げて取り組まねばいけません。これからは、過去のような経済成長を望めない時代です。そうなると、経済酒をメインに置く大手メーカーと私たちのような文化と密接に関わっている蔵元は、基本的にスタンスがちがってきますね。つまり、我が社のような蔵元は、地元や地域との共存がテーマになってきます。それぞれの地の文化・風土を改めて見つめてみることで、市民と一緒に歩んで行ければ、生き残っていけると思います」
田村 社長は現在、福生周辺の3つの蔵元と4社共同の日本酒イベント「西多摩の地酒を楽しむ会」を催しています。
田村 社長が将来的に危惧している問題に、米の生産体制があります。つまり、加速度的に進む減反政策は、日本酒業界にとって痛手になることは明白だと言います。「このままだと、小麦みたいになってしまいますよ。じゃあ、海外の米を使うのか?よそ様はどうおっしゃるか分かりませんが、アメリカ産や東南アジアの米で造った酒が日本酒と言えるのか?当社では、有り得ないお話です。先述の課題より、これこそ大問題ですね。文化とは、暮らしの中での心の在りようです。これを営々と紡ぎ合わせてきたのが伝統です。
じゃあ、美味しい日本酒を飲みたくなってきた方、初めて日本酒を飲んで感動した方の心に、この問題はどう響くのでしょうか。おそらく、愕然とされることでしょう。もし、そんな時代が来た時、自分たちが日本酒を造り、売っている蔵元だと胸を張れるかどうか、これは疑問ですね。だから、私は国内の酒造好適米の価格論については、是非もありません。日本酒の蔵元ならば、当然、必要なコストとして真正面から受け止めるべきでしょう」田村酒造場では、酒造好適米の兵庫県産の山田錦、秋田県産の美山錦、岩手県産の吟ぎんがなど、高品質の酒造好適米を惜しみなく購入しています。どちらの蔵元であれ、それが数世紀を営んできた造り酒屋のプライドではないでしょうかと田村 社長は熱く語ります。
締めくくりとして、田村 社長は、国内低迷の根本的な原因として、旧来からある日本酒にまつわるイメージを指摘します。それを、海外の日本酒人気によって、少しは弱めることができるかも知れないと期待しているそうです。
「いわゆる“酒飲み”=日本酒という印象があります。洋酒とちがって、どこかオシャレじゃないといったイメージが、まだ消費者の気持ちから拭い去れないままでしょう。これを取り除くのに、最近の海外でのSAKEブームは有効的だと思います。一時ブームになった逆輸入効果ではありませんですが、ソフィスティケートされた新しい日本酒のイメージを日本の女性たちに浸透させていくことは、一つの妙策じゃないでしょうか。そんなグローバル感覚に、清酒業界全体で取り組むべきですね」
洗練された嗜好性をくすぐり、リーズナブルでありながら、本物の品質を持った美味しい商品を目指す。そんな田村 社長の信念には、やはり「丁寧に造って、丁寧に売る」のモットーが脈々と流れているようです。