金賞受賞 17回! 日本一の腕前が醸す、誠心誠意の吟醸造り
全国新酒鑑評会 金賞は、酒造りを司る杜氏にとって、ひたむきな人生の道標でしょう。そして蔵人になった若者なら、一生に一度は獲得したい夢でもあります。
その憧れの金賞にまさしく金字塔を打ち立てた名杜氏が、奥の松酒造の殿川 慶一(とのかわ けいいち)役員杜氏です。
過去20年間で日本最多の17回受賞という凄腕の持ち主に、さぞかし親方っぽい人物と思いきや、八千代蔵で迎えてくれた殿川杜氏は柔和な笑顔と穏やかな物腰。訥々と語る人となりに、みちのく人らしさを感じた筆者ですが、意外にも出身は九州の長崎県とのこと。
まずは、二本松へやって来たわけを、プロフィールとともに訊き出してみました。
「私の実家は長崎県の壱岐島で焼酎を造っている蔵元で、現在は弟が経営しています。私自身は東京農業大学の小泉 武夫 先生に学び、その御指導もあって福島県で酒造りを修業しました。結婚した妻が福島の人だったので、こちらに暮らすことになり、今ではすっかり東北の男です」
はにかむ殿川杜氏ですが、泰然自若とした雰囲気には酒造り40年、杜氏歴18年のオーラが滲んでいます。
さっそく、殿川杜氏がこだわる奥の松の吟醸造りについて解説して頂きましょう。
「私がモットーにしていますのは、誰もが飲みやすく、飲み飽きしない酒。それでいて香りや旨味が整っている。そのためには、サーマルタンクで冷蔵熟成させること。新酒を生み出すことも大事ですが、育てることも我々の大切な役割です」
殿川杜氏は、さまざまな酒質や味わいごとに、お客様の口へ入る時間経過まで見込んで冷蔵熟成をしていると語ります。
さらに、大きな仕込み量なので緻密な温度管理が必要となり、設備投資を繰り返しつつ、人材育成にも余念がありません。現在、奥の松酒造の酒造現場は、少数精鋭9名の社員で3期醸造。システムをグレードアップするとともに、それを扱う蔵人の技量・知恵も鍛えねばならないそうです。
さて、仕込み水と酒造好適米についてです。八千代蔵の周辺は深い森。窓から外へ目を向ければ、鬱蒼とした灌木の隙間からせせらぎが見え隠れしています。
「この八千代蔵の地下には、あだたら山からの雪解けの軟水が流れています。つまり、天然水が醸造用水というわけで、毎時50トンの量を汲むことが可能です」
きめ細かな酒質になる軟水は、奥の松酒造が得意とする長期低温発酵の母なる存在。なめらかに仕上がった酒はタンクローリーに詰めて、本社の瓶詰工場へ運ばれています。
「酒造好適米は以前、地元の米を多く使用していましたが、東日本大震災の影響もあり今は県外の山田錦と酒造好適米がほとんどで、平均精米歩合は62%になりました」
62%であれば、ほぼすべてが吟醸クラス。さすが“吟醸の奥の松”と言わざるを得ません。その全量を精米するのも、八千代蔵の精米工場です。近年では、自家精米を取りやめる中堅規模の蔵元が増えていますが、奥の松酒造が自家精米する理由には量産と別の意味もあります。
それは、試験醸造や商品開発段階で米の磨きや味わいをさまざまにテストしてみること。オリジナルの自社酵母との相性を研究する小仕込みの精米にも、活用されているわけです。
ここで、殿川杜氏の案内で蔵の中へ。塵一つ落ちていない清潔な環境に、頭が下がります。
どんな蔵元でも、衛生面と清掃が行き届いていなければ最終的に高品質な酒は生まれない。蔵人を経験した筆者の信条ですが、それを殿川杜氏の仕切る八千代蔵は証明しています。
麹米が盛られているのは全自動式のKOS製麹器で、これにも独自に送風機の改良を加えていると言います。奥の松では金賞を獲得する大吟醸から定番的な吟醸酒まで、この製麹器で造りながら高品質を堅持しています。
しかし、麹の破精込み具合の判断など一朝一夕にはいかない技術を習得するために、手造りの麹室も残されています。本格的な真冬を迎えれば、若手の育成に活用されているこの麹室で殿川杜氏から叱咤激励が飛ぶそうです。
先進のITとアナログ仕事を融合した殿川杜氏の指導によって、奥の松酒造の少数精鋭主義は成功しています。その成果は福島県での酒蔵アカデミー、高品質研究会などにも表れています。
「福島流の吟醸造りのアルコールバランスや酒質管理などの指導を行っています。講演120分、質疑応答120分なんて講座もあって、みなさん熱心ですよ(笑)。3年間のアカデミーなのですが、その期間みっちり頑張った若い人たちが活躍を始めています」
今や全国新酒鑑評会 最多金賞受賞によって八面六臂の活躍、殿川杜氏の薫陶を受ける奥の松酒造の社員は、蔵人冥利に尽きることでしょう。
最後に、技をきわめた名人である殿川杜氏が、これから作ってみたい酒質を問うてみました。
「原酒の低アルコール化に取り組んでみたいですね。あまりアルコールを出さない、飲みやすい旨味のある原酒です。つまり、敢えてカプロン酸を死滅させないで、味わいを残す工夫をやってみたいのです」
そう聞けば、近いうちに奥の松の新商品として登場するような予感! 期待に胸がふくらむのは、筆者だけでなないでしょう。
ますます若手の育成にも励む殿川杜氏には奥の松の吟醸造りのみならず、福島県酒の躍進を双肩にかかっているようでした。