原酒造一筋に45年、不屈の杜氏魂で新生 越の誉を創る
原 吉隆 社長とともに、「新生 越の誉」への邁進を誓ったリーダーが、元気はつらつ、笑顔の似合う平野 保夫 製造部長です。
昭和18年(1943)生まれの65歳。頸城杜氏の町として知られる新潟県中頚城郡吉川町の出身です。原酒造一筋に45年、生え抜きの社員杜氏として全幅の信頼を得ています。
「最初は分析を担当しましたが、もちろん現場の蔵人としても一から学びました。当社が社員制度を始めた時期とは言え、まだまだ杜氏・蔵人関係が確立していた住み込み制の時代ですから、今に比べれば大変な毎日でした。朝は5時起床で現場へ、仕込みを終えれば昼から分析、夜はまた仕込みと一所懸命でしたね」
厳しい修行を耐えられたのは、醸造学科で有名な吉川高校時代の経験のお陰だと、平野部長は語ります。現在、原酒造には吉川高校出身の後輩たちも、多く勤めているそうです。
そんな部下たちと、震災からの復興では、さらに絆を結ぶことができたと語ります。
「苦しみを分かち合い、お互いを励まし合い、必ず酒造りを再開するんだと誓いました。私たちには、果たさねばならない使命があります。それは『地震のせいで味が落ちた、変わってしまった』という評価は、絶対に許されないということです」
その平野部長の凛とした眼差しの先では、根気良く、丁寧な酒造りが若き精鋭の蔵人たちによって行われていました。来るべき全国新酒鑑評会の出品に向けて、新酒の仕込みに没頭しているのです。
今、全社一丸となり「新生 越の誉」の意義を込めて、平成20年の連続金賞の受賞を目指しています。
それでは、越の誉の酒造りに人生をかけてきた平野部長に、その魅力を解説してもらいましょう。
「基本的には、新潟酒の中でも淡麗であり、軽やかさとフレッシュな旨味がある酒造りです。そのためには、味や熟成に関して細かな分析や判断が必要です。これは、黄綬褒章を受章した、大先輩の中村 戌蔵 杜氏譲りとも言えます。私が若い頃教えていただいた中村 杜氏は、天稟の才を持った方でした。その手造りの技量と現代の先端技術をマッチさせることで、新しくて美味しい越の誉を造り続けています」
平野部長は、越の誉の酒造りには麹が最も重要と考え、従来のコンピューター制御による自動製麹機だけでなく、旧来の手造りを駆使することによって、米のレベルや精米歩合ごとに微妙なハゼ具合を造っています。
「限りなく手造りに近い、手法に改善されたわけですね」と筆者が言葉を返すと、「そうありたいですね」と平野部長は笑顔をほころばせます。
酵母については、原酒造は純粋培養に早くから取り組み、独自の酵母を保持しています。その取り組み方を、平野部長に訊いてみましょう。
「新しい物では、野生の花からの採取を行いました。くちなしの花ですが、実は以前に醸造試験場の先生とお話しする機会があり、ちょっとした提案と言うか、私なりの閃きを申し上げたのです」
それは、平野部長がお孫さんと虫捕りをしていた時のことでした。
カブトムシやクワガタを探していたところ、甘い香りの樹液に集まる虫たちが、それぞれの樹木ごとに異なっていることに気づいたそうです。つまり、それぞれの虫が集まる樹液の酵母を採取するとおもしろいのではないかと、平野部長は考えたのです。
「酒造りには技術者としての専門能力も大事ですが、私のモットーは“遊び心”を持つことです。そうでなければ、良い酒は造れないと思うのです」
これと同様に、酵母の研究・分析はセオリー通りではなく、若い人なりのユニークなセンスやアングルで考えてほしいと、平野部長は語ります。そして、これからの若手の成長や新しい酒造りに“遊び心”は欠かせないと、言葉に力がこもります。
さて次は、柏崎ご自慢の「米山の伏流水」を紹介してもらいましょう。
「柏崎市内は、ほぼ全域が米山の伏流水を水道に使っています。雪解け水ですから、夏は冷たくて爽やかですが、冬は凍りつくような感触です。それだけ清冽ということですね。 また、この水とは別に“治三郎(じさぶろう)の水”と呼ばれる名水も使っています」と、平野部長は冷えた一升瓶を出してくれました。
口に含んでみると、クセのまったくない柔らかな味わい。硬度は0.1ほどの超軟水で、現在は市内の鵜川の上流部からタンクローリーで搬入し、濾過処理をして使っています。
2種類の水はいずれも軟かく、越の誉の瑞々しさを頷ける極上の味でした。
「これだけ軟水だとモロミの醗酵に時間がかかりますし、状態・変化の管理が難しいです。麹や酵母によって、あるいはステンレスタンクやホーロータンクの違いによって、適切なケアを怠れません」
辛抱強く、根気良く、丁寧に観察していれば、この軟水は必ずいい酒を造り出してくれると、平野部長は長年の経験から教えてくれました。
現在、原酒造の製造部には18名の社員が配置され、その内4名が女性。長年勤務を続け、若手の社員もかなわないほどの知識・経験を持っているそうです。
「彼女らのお陰で、環境が良くなりました。震災からの復旧においても、整理整頓が進みました。それに、日々の作業にメリハリも生まれます。麹の温度、米洗い・浸漬にも、女性なりの感覚が生かされます。これに刺激されて、若い社員や男性たちも発奮して、いいチームワークができていると思いますね」
そんな部下たちの活躍の秘訣は、平野部長が原 社長に申請している“製造部社員のセールス現場での勉強”だそうです。
原酒造は東京都内に営業所を設けていますが、首都圏での試飲会や展示会には製造部の社員も出向き、お客様の生の声を体感することにしています。
「冬場の見学者とのコミュニケーションもそうですが、現場の人間こそ、外を知ること。直接、生の声を聞くことですね。いろいろな方々との接触や情報を吸収して、酒造りだけに偏らないことです。 日本酒造りでは、”並行複醗酵(へいこうふくはっこう)”と言って、モロミの中で 糖化作用とアルコール発酵が並行して行なわれます。 両方のバランスが良くなければ、美味しい酒はできません。 人間の成長も、これと同じことだと私は思います。」
そう言ってほほ笑む平野部長に、新生 越の誉への決意を訊ねてみました。
「当社の定年は60歳なのですが、新生 越の誉を一緒に創っていこうと社長から熱い御言葉をいただきました。次なる新しい酒造り、そしてまた、全国新酒鑑評会の金賞を獲得したいと思います」
インタビューを終えた筆者が試飲した、新たな越の誉の美味しさ……そこには平野部長が胸に秘める、不屈の杜氏魂が醸されているようでした。