言葉がイメージさせる"甘口・辛口”
“甘口・辛口”について述べる前に、ちょっと考えてみましょう。
以前まであった特級・一級・二級、あるいは今ある特撰・上撰と言うような日本酒用語は、皆さんにどんな印象を与えていますか?おそらく前者は上中下といったランク、後者は素材とか造り方のこだわりみたいなものを感じさせていると思います。
それと似たように、消費者の目に見える日本酒の“甘口・辛口”という売り手側の表示も、どうやら言葉のイメージだけが先行しているようです。
本来“甘口・辛口”と言う表現は、日本酒度と酸度の数値によって分けられているのですが、消費者にはそういう分析値は専門的でとっつきにくく、ほとんど理解されていないといっても過言ではありません。
厳密には下の表からも判るように、たとえば酸度の違いによる“甘い・辛い”の分岐点は濃醇・淡麗という分別 も含めると、この二種類の斜線上にあるのです。つまり“甘い・辛い”は単に日本酒度だけを見てプラス何度だから、どうこうとは言えないのです。
※銘柄によっては、上記数値と甘辛分類が一致しない場合があります。
なぜ“辛口”嗜好の人が増えたのか?
日本酒を嗜まれてきた人たちに「甘口と辛口、どちらがお好きですか?」と訊ねると、皆さんほとんどが“辛口”と答えられます。なぜそんな風潮になったのかと言いますと、最近の地酒ブームの口コミ言葉で辛口党となった若い世代の人は別 にして、戦後日本酒が不足していた頃に普及した「三増酒」(さんぞうしゅ)と呼ばれるお酒の影響です。
純粋に米と水だけで造られたお酒に、糖を入れて、アルコールを加えて3倍に伸ばした「三増酒」は二合目ぐらいから口の中にしつこく残り、はっきり言って文字通 り甘いわけです。
しかし流通の拡大に沿った大量生産のためには、それも拒めなかった時代でした。
ところが、やはりこの粘っこい甘さには飽きて、徐々に嗜好性の時代となり、本来の米と水だけの造りを追求している地酒、いわゆる糖の甘さとまずさを排除した“辛口”の地方酒が評価されるようになったわけです。
“甘口・辛口”の分け方
基準としての“甘口・辛口”の分け方は何かと言いますと、結論から言えば比重です。
米を醸していくとどんどんお酒になりますが、アルコールばかりだと比重が軽くなり、水に浮きます。この場合、当然、数値はプラスになりますから“辛口”と言うことになります。
ところが、地方の蔵元や杜氏によっては、この造り方の中でも米の養分をたっぷり残した日本酒があるわけです。これは逆に比重は重く“甘口”と言わざるをえません。
これまで消費者には、どうしても言葉として「甘い=糖」というイメージがありました。
それは、前述の「三増酒」離れと辛口嗜好の理由にもうかがえるところです。
でも本来の“甘口・辛口”の分け方とは、糖に関係なく、前述のような米の養分がたっぷりと濃く残った日本酒なのか、それともアルコール分の多いさらっとした日本酒なのかを測る意味での表現なのです。
“甘口・辛口”の感じ方
本当は“甘い”と言う表現がよくないのかもしれません。確かに辛口は辛口として納得されていますが、これには「辛口じゃないと美味しくないんだ」という潜在意識の影響もあります。実際、“甘口・辛口”という表示を意識しないで飲んでみますと、砂糖の甘さを感じるような、ふわっとしたフルーティーな味だけど数値上は“辛口”という日本酒もありますし、逆に“甘口”なのにピリピリと辛いものもあるのです。
となれば今の日本人の甘辛分別には、認知されている“辛口”と、甘口を言い換えた“旨口”と言うような表現の方が分かりやすいのではないかと思ったりします。
この考え方は、翻せば、味わいのイメージとして“辛口”は啓蒙されてきたが“甘口”は批判された経緯があったと言うことなのです。
自分なりの味わいで楽しむ
これまでの内容からすでにお解りのように、単に“甘口・辛口”とかの言葉にあそばれないようにすることが、本当の日本酒の味わい方です。
数値上の分類や表示上の差別化は確かにありますが、それはあくまで参考にすることであって、やはり自分の口と舌と喉で感じる味わいが、自分の“甘口・辛口”の基準になると言うことです。
では、この個人的な“甘口・辛口”の嗜好の原点とは何なのか?そこには地酒の味わいと深く関わる地域の味覚特性が現れてきます。
次回ではこれをテーマに、四国のお酒の事例をもとにして具体的にお話ししたいと思います。